不動産売買の手付金:契約後に解除するときのルールと上限・保全措置
不動産の売買契約では、契約時に手付金を支払うのが一般的です。買主は手付放棄、売主は倍額の提供で解除できますが、相手方が履行に着手した後はできません。民法と宅建業法に沿って、手付解除のルール、業者売主の場合の20%上限と保全措置、契約前の確認点を整理します。
結論:手付金は「解除の対価」だが、使える期限がある
日本で住宅を購入する際、売買契約の締結時に手付金を支払うのが一般的です。民法では、特別な合意がなければ手付は「解約手付」と推定され、買主は手付を放棄し、売主は手付の倍額を提供することで契約を解除できます。ただし、相手方が契約の履行に着手した後は、この方法で解除することはできません[1][4]。さらに、売主が宅地建物取引業者で買主が一般の個人の場合、宅地建物取引業法により手付金の上限、違約金の上限、手付金等の保全といった保護が上乗せされます[2]。本稿では、これらのルールを買主の立場から整理し、契約前に確認したい点をまとめます。
手付金とは:民法の基本ルール
民法第557条は、買主が売主に手付を交付したときは、買主はその手付を放棄して、売主はその倍額を現実に提供して、契約を解除できると定めています[1]。「現実に提供」とは、売主が実際にお金を用意して買主に差し出すことを意味し、倍額を返すと口頭で伝えるだけでは足りません。
手付には理論上、契約成立の証拠となる「証約手付」、違約時に没収される「違約手付」、そして前述の「解約手付」といった性質があります。どの性質とするかは当事者の合意で決められますが、特段の合意がなければ解約手付と推定されます[4]。
手付解除には重要な制限があります。相手方が契約の履行に着手した後は、手付による解除はできません[1]。つまり、買主が手付放棄で解除できるかは売主が履行に着手したかどうかで、売主が倍返しで解除できるかは買主が履行に着手したかどうかで決まります。また、手付による解除の場合、原則として当事者は互いに別途の損害賠償を請求できません[1]。
売主が不動産会社の場合:宅建業法による保護
新築マンションを購入する場合や、不動産会社が買い取ってリノベーションした中古住宅を同社から直接購入する場合、売主は宅地建物取引業者です。このとき宅建業法は次のような強行規定を置いており、これに反する買主に不利な特約は無効となります[2]。
1. 手付金は代金の20%まで。 宅建業者が自ら売主となる場合、代金の20%を超える手付を受領することはできません。また、契約書の書き方にかかわらず、その手付は解約手付としての効力を持ち、買主は売主の履行着手前であれば手付を放棄して解除できます[2]。たとえば代金5,000万円なら、手付金の上限は1,000万円です。
2. 違約金の合計は代金の20%まで。 債務不履行による契約解除に伴う損害賠償額の予定と違約金を合算した額は代金の20%を超えてはならず、超える部分は無効です[2]。同じく代金5,000万円の場合、上限は1,000万円です。
3. 手付金等の保全措置。 宅建業者が引渡し前に手付金や中間金などを受け取るときは、事前に銀行等による保証や保証保険などの保全措置を講じる必要があり、万一売主が倒産しても買主はそのお金を取り戻せます[2]。保全が不要となるのは、買主への所有権移転登記がされた場合や、金額が小さい場合です。具体的には、工事完了前の物件では受領額の合計が代金の5%以下かつ1,000万円以下、完成済みの物件では代金の10%以下かつ1,000万円以下のときです[2][3]。必要な保全措置が講じられていない場合、買主は手付金等の支払いを拒むことができます[2]。
代金5,000万円の未完成物件(建築中の新築マンション)であれば、手付金が250万円を超えると保全が必要です。完成済みの物件なら500万円を超えると必要になります。代金2億円の完成済み物件では、代金の10%は2,000万円ですが、1,000万円の上限もあるため、1,000万円を超えると保全が必要です[2][3]。
4. クーリング・オフ。 買主が宅建業者の事務所等以外の場所で買受けの申込みや契約をした場合、撤回等ができる旨を書面で告げられた日から8日以内であれば、書面で申込みの撤回や契約の解除ができます。業者は受け取った手付金等を速やかに返還しなければならず、違約金も請求できません。ただし、引渡しを受け、かつ代金全額を支払った後は行使できません[2]。事務所やモデルルームで契約した場合は通常対象外となるため、申込みと契約の場所を確認することが大切です。
なお、上記1〜4は「宅建業者が自ら売主となる取引」に限って適用されます。売主が個人で、仲介会社が媒介する中古住宅の取引では民法の一般ルールが適用され、手付金の額や解除の条件は当事者が契約で取り決めます[1][2]。
「履行の着手」とは:いつから手付解除ができなくなるか
最高裁昭和40年(1965年)11月24日判決は、「履行の着手」とは、客観的に外部から認識し得るような形で履行行為の一部をなし、または履行の提供をするために欠くことのできない前提行為をした場合を指すとしました[4]。ただし、具体的にどの行為が該当するかの判断は容易ではなく、紛争になりがちです[4]。いくつかの例を挙げます。
- 売主が契約に基づき賃借人の立退きを完了させたことが履行の着手と認められ、その後の買主による手付放棄解除が無効とされた例があります(東京地裁平成21年10月16日判決)[4]。
- 最終履行期の約1年前に買主が行った測量等は、契約上の債務の履行に当たらないとして、履行の着手が否定された例があります(最高裁平成5年3月16日判決)[4]。
- 区分所有建物の売買で、売主が決済前に抵当権抹消書類を司法書士に交付した行為について、東京地裁令和2年2月26日判決は履行の着手を認めて買主の手付解除を無効としましたが[5]、東京高裁令和3年10月27日判決は同種の行為について着手を否定したとされています[4]。
このように裁判所は、行為の態様、債務の内容、履行期が定められた趣旨・目的などを総合的に考慮して判断しており、一律の基準はありません[4]。買主にとっては、引渡し日が近づくほど手付放棄で契約から離れる余地は小さくなり、相手方と争いになる可能性も高まるといえます。
買主にとっての意味:契約前に確認したいこと
契約の解除条項をよく読む。 宅建業法は、契約が成立するまでの間に、宅地建物取引士が書面を交付して重要事項を説明することを求めています。その中には、代金以外に授受される金銭(手付金など)の額と目的、契約の解除に関する事項、損害賠償額の予定または違約金に関する事項、手付金等の保全措置の概要、そしてローンが成立しない場合の措置が含まれます[2]。いずれも「契約後に解除できるか、その費用はいくらか」に直結する項目なので、分からない点はその場で確認しましょう。
手付解除がいつまでできるかを確認する。 契約書に「相手方が履行に着手するまで」としか書かれていない場合、いつまで解除できるかで争いになることがあります[4]。契約時に、手付解除の期限が日付で定められているかを確認し、その日付を控えておくと安心です。
手付金の額は無理のない範囲で。 手付金が高いほど、買主が途中で契約から離れる負担は大きくなり、売主が倍返しで解除する負担も大きくなります。売主が宅建業者であれば上限は代金の20%です[2]。個人が売主の取引にはこの法定上限がなく、当事者間の話し合いで決まります[2]。
未完成物件や高額の手付金は保全を確認する。 建築中の新築マンションを購入する際、手付金が代金の5%または1,000万円を超えるなら、売主が保全措置を講じ、それを証する書面が交付されているかを確認してください[2][3]。
ローン不成立は「手付解除」とは別の話。 住宅ローンを利用する場合、審査に通らなかったときの扱いは契約書のローン特約によって決まり、重要事項説明書にも記載されます[2]。ローン特約のルールについては別の記事で取り上げる予定です。
海外在住の買主は時間に余裕を。 中国など海外で資金を準備して送金する場合や、書類の郵送・公証が必要な場合は、契約前に手付金と残代金の支払時期を確認しておくことをおすすめします。支払いが間に合わず債務不履行とされる事態を避けるためです。
まとめ
手付金は契約の証であると同時に、解除の対価でもあります。買主は手付放棄、売主は倍額の提供で解除できますが、相手方が履行に着手した後はできません[1]。売主が不動産会社の場合、宅建業法により手付金と違約金はいずれも代金の20%までとされ、未完成物件などでは保全措置も必要です[2][3]。契約前に解除条項、手付解除の期限、保全措置、ローン特約を一つずつ確認しておけば、多くのトラブルを防ぐことができます。大阪で住宅購入をご検討中の方は、どうぞお気軽にお問い合わせください。契約書や重要事項説明書の内容を、中国語でも一項目ずつご説明いたします。
出典
- e-Gov法令検索(デジタル庁)「民法(明治29年法律第89号)第557条」2026年11月4日(閲覧 2026年11月4日)
- e-Gov法令検索(デジタル庁)「宅地建物取引業法(昭和27年法律第176号)第35条・第37条の2・第38条・第39条・第41条・第41条の2」2026年11月4日(閲覧 2026年11月4日)
- e-Gov法令検索(デジタル庁)「宅地建物取引業法施行令 第3条の5」2026年11月4日(閲覧 2026年11月4日)
- 三井住友トラスト不動産「手付解除における履行の着手(不動産売買のトラブルアドバイス 2026年1月号)」2026年1月(閲覧 2026年11月4日)
- 全日本不動産協会「売主の履行の着手(不動産お役立ちQ&A、月刊不動産2021年9月号)」2021年9月(閲覧 2026年11月4日)
本記事は一般的な情報提供を目的としたもので、投資・税務・法律上の助言ではありません。数値は末尾の出典の公表時点のものであり、その後変わる可能性があります。個別のご判断は専門家にご相談ください。
